磐崎先生のお仕事に一貫してみられることは、「発信ありき」そして(それゆえに)「わかりやすく」という先生の信念でした。お話を伺う中で、それぞれの方が繰り返し使われる言葉があるのですが、磐崎先生の場合は「できるだけやさしく」「できるだけわかりやすく」そして「おもしろく」でした。教育学ご出身の磐崎先生ならでは、と思います。最初から磐崎先生に英語を習うことができたらきっと最高に楽しいでしょう。
そして、磐崎先生の人生を変えたと言ってもいい『ユニオン英和辞典』の編者のお一人である小島義郎先生のご推薦で、Asahi Weekly「辞書GAKU事始」のお仕事がスタートしたというのは運命を感じました!
磐崎弘貞
Hirosada IWASAKI- 1957年
徳島県生まれ
- 1980年
徳島大学教育学部卒業
- 1982年
筑波大学大学院修士課程英語教育コース修了
- 1982年
茨城キリスト教短期大学(1990年「シオン短期大学」に改称)英語科専任助手、1983年講師、1987年助教授
- 1991年
筑波大学外国語センター(2015年「グローバルコミュニケーション教育センター」に再編)専任講師、1998年助教授、2010年教授
- 1996年
英国バーミンガム大学研究員(~1997)
- 2023年
筑波大学定年退職(名誉教授)
『フェイバリット英和辞典』第4版(2023)編者。
『英語辞書力を鍛える:あなたの英語を変える快適辞書活用術』(2002、DHC)、『英語辞書をフル活用する7つの鉄則』(2011、大修館書店)等、数々の英語辞書活用本の著者。
『フェイバリット英和辞典』第4版(2023)編者。
『英語辞書力を鍛える:あなたの英語を変える快適辞書活用術』(2002、DHC)、『英語辞書をフル活用する7つの鉄則』(2011、大修館書店)等、数々の英語辞書活用本の著者。
- 1957
徳島県生まれ
- 1980
徳島大学教育学部卒業
- 1982
筑波大学大学院修士課程英語教育コース修了
- 1982
茨城キリスト教短期大学(1990年「シオン短期大学」に改称)英語科専任助手、1983年講師、1987年助教授
- 1991
筑波大学外国語センター(2015年「グローバルコミュニケーション教育センター」に再編)専任講師、1998年助教授、2010年教授
- 1996
英国バーミンガム大学研究員(~1997)
- 2023
筑波大学定年退職(名誉教授)
Interview
インタビュー2023.07.26 実施
-
01.-
辞書編纂に携わるまで
-
英語に興味を持ったきっかけはどのようなものだったのでしょうか。
-
当時は小学校では英語教育はありませんでしたので、英語の勉強は中学校(徳島大学附属中学校)で始めました。英語の先生にも恵まれていたと思います。中でも矢部先生はとても温和な方で、発信も重視していて、音声と文字と両方のインプットにしっかりと時間をかけていただきました。カセットテープで “pearl” の発音を聞いた時に「何てきれいな音なんだ!」と鮮烈な印象を受けたことが記憶にあります。
しかし、何と言っても、英語との出会いは、当時のめり込んでいたアメリカのロックバンドGrand Funk RailroadとイギリスのDeep Purpleがきっかけです。彼らが歌う英語自体に大いに引かれ、「若者の音楽=英語のロック」と固く信じておりました。よって、級友達が日本のフォークソングLPを買うのを見た時は「それは音楽やないで!」と愕然としていました。
-
中学校では辞書は使っていましたか。
-
中学校では辞書は使っていません。小学校の卒業記念に、東京書籍の『New Horizon英和辞典』をもらってはいましたが、使いませんでしたね。
-
先生は、高校で『ユニオン英和辞典』に出会って英語の学力が上がったと最終講義でお話しされていました。辞書に対する興味関心はそこから始まったのでしょうか。
-
私の高校の推薦辞書は『新英和中辞典』だったのですが、用例がとにかくわかりにくい。簡易な平叙文で書いてくれればいいところが受動態になっていたり、疑問文になっていたりする。使用されている単語も難しい。私にはとても難しすぎると思って、本屋で物色中にふと見つけたのが研究社の『ユニオン英和辞典』でした。当時の私の観察では、『英和中』を使っていた連中はどんどん英語がわからなくなっていくのに対して、『ユニオン』を使っていた私は、どんどんわかるようになっていく。これは面白い、しめしめ、と思っていました(笑)。高校3年生になって入試問題を解く際にも、『英和中』では解答を見つけるのに苦労する級友たちを尻目に、『ユニオン』を使う私はすぐわかる。今にして思うと、重要なコロケーションや文型など、学習者にとってわかりにくい点、留意すべき点が、非常にわかりやすく提示されていたのだと思います。これが、辞書によって英語人生は大きく変わるのだと認識した最初の出来事でした。
辞書によってこんなにも学習に差が出るということを知ったので、大学に入学してドイツ語の辞書を買う時にも、同じことをしました。定番推薦辞書となっていたシンチンゲルの『現代独和辞典』(三修社)を勧められたのですが、これもまったくダメでしたね(笑)。難しすぎる。ちょうど同学舎から『新修ドイツ語辞典』というのが出版されて、これが私にとっては『ユニオン』のドイツ語版とも言うべき辞書で、コロケーションの情報があったり、発音もカタカナ表記が並列している。辞書は一人で勉強する時に使うものですから、自分で発音ができるようにならないと意味がない。doch であれば発音記号の/dɔx/だけでは英語にはない/x/が読めないのですが、「ドッホ」と書いてあってちゃんと読める。ドイツ語でも、他の連中は上達しない中、私だけはどんどんわかる(笑)。そのうち、ドイツ語のできない連中のために、本文訳を教室で配っていました。辞書の持つ力を『ユニオン英和』と『新修ドイツ語辞典』で強烈に感じました。
-
英語教員になろうと考えて、徳島大学の教育学部に進学されたのですか。
-
そうですね。英語が得意になったので、それを活かそうと考えました。学部時代は、英文法、音声学、英米文学など一通り学びました。卒論は受動態について書いたのですが、中村純作先生(徳島大学名誉教授、元立命館大学教授、コーパス学会第3代会長)がいらして(当時のご所属は一般教育)、先生にもコメントをいただきました。
また、アメリカ・イリノイ州のコーン畑の真ん中にある南イリノイ州立大学に1年間留学できたのは、非常によかったですね。英語力を高めるというだけでなく、こんなにも自由な世界があるのか、ということを知り、非常に驚きました。みんなが笑顔でいる、誰もが気さくに話をする、体育館に有名ロックバンドが来たら必ず見に行く、たまに X-rated 映画が町に来たら、こちらもみんなで欠かさず見に行く、週末のパーティーの後には、寮の窓からトイレットペーパーがいくつも長〜く垂れ下がっている、冬には積雪が1メートルくらいあり、その後は男性のイチモツの雪像が作ってある─そういう大学でした。そんな生活は、私にはとても合っていました(笑)。イリノイ州には、2つの州立大学があり、シカゴからアムトラック列車に乗って南下していくと、知的な顔立ちの人はイリノイ大学のあるシャンペイン駅で降り、おかしなヤツばかりが南イリノイ大学があるカーボンデイル駅で降りるんだ─そんなことを先輩学生がまじめな顔で教えてくれました。
海外からの留学生も多く、アフリカのマラウイから来ていたAlfredは、留学中に親が勝手に嫁を決めてしまったと、半分怒って、でもちょっぴり嬉しそうに話していました。もちろん、日本からの留学生も多くいました。同じ時期に文科省留学生制度で来ていたMは、私の部屋にやって来る度に、スティックのりの中身をこっそり全部出していくなど、毎回悪さをしていましたが、帰国後は高校教員となり業績も上げ、その後、九州の教育学部の教授になっています。若い時には悪さをしても大丈夫なのです(笑)。先輩日本人留学生のひとり「シン」は、「ここにいるたくさんの日本人を見ただろう、留学していても英語が上達するわけじゃない。一緒に勉強会をしないか」と誘ってくれ、関心を持ったニュース記事を題材にその内容をまとめてお互いに報告するという、今で言うリテリング練習をしたりしていました。この際に培った、キーワードとそのコロケーションを抽出するという作業は、後の英語授業や辞書活用に役立っていると思います。ちなみに、留学に際しては、当時は電子辞書はありませんでしたから、結構な数の英語辞書を船便で送りました。
-
すぐに英語教員にならずに大学院に進学することにしたのはなぜですか。
-
留学から帰ってきてすぐに採用試験は受けたのですが、合格しませんでした。ちょうど筑波大学や兵庫教育大学の大学院ができたばかりで、進学することにしました。
-
筑波大学大学院に進学され、金子稔先生(筑波大学名誉教授)に出会われたことも先生の辞書との関わりにおいて大きな出来事だったのですよね。
-
金子先生はライティングの先生で、『英語青年』、その後『英語教育』の和文英訳を担当されていました。先生からは辞書について直接教わるというよりも、先生の辞書の引き方や授業での使用から色々と学びました。特に印象深かったのが、英英辞典の定義を活用することでした。当時はコーパスはありませんし、英和辞典にもコロケーションに関する情報は少なかったので、自然な表現をどこから得るか、ということが大切でした。たとえば、「火を消す」を普通英語で何というのかを調べるためには、fireman, firefighter, fire engine, fire station といった単語を引くと「火を消す」という表現が出てくる。put out fires、母語話者向けだとextinguish fires、もう少し説明的になると stop fires (from) burningなどと言えることがわかる。こういったことを積み重ねていってまとめたのが『こんなこともできる英英辞典活用マニュアル』(1990)でした。
-
先生がよく例に挙げられる「傘をさす」はわかりやすくて私もよく使わせてもらっています。
-
筑波大学生に聞いても、「傘をさす」や「辞書を引く」といったコロケーションの英訳は2割くらいしか答えられないんですよね。でも「傘をさす、というのは具体的にどういう行為ですか。」と聞いていくと、「傘を開く」ならば “open an umbrella” でいいのではないか、というところにたどり着く。この「ループ思考」を教えていました。英語の表現が簡単だからといってそれを発信できるわけではない。consult a dictionary よりも簡単な表現としてuse a dictionary があるけれども、日本語では「辞書を使う」より「辞書を引く」というのが普通なので、これが先に頭に浮かんだ場合は、use a dictionaryとは結び付かない。母語干渉、あるいは負の転移と呼ばれる現象ですが、簡単な英語でも日本語にして、その日本語をもう一度英語にしてみようとするとうまくいかない場合が多々あります。こうした表現は、単語自体はやさしくても「斬れる英語」であることが多いです。
-
修論論文はどのようなテーマで書かれたのですか。
-
wh移動です。生成文法が盛んな時期でしたから、やはり影響を受けました。英語における抜き出し操作の統語的・意味的研究をしました。理論はその後変わっているかと思いますが、疑問詞や関係詞を考えるにあたって、wh移動で考えるとわかりやすい。NHKテレビ・ラジオの講座で大西泰斗先生も「空所(■)」を使って説明していますね。たとえば、The car I want to get is user-friendly.の場合、to getの後ろに空所がある(The car I want to get ■ is user-friendly.)。to不定詞の形容詞的用法(a house to live in ■ 🡨 to live in a house)にも応用できる考え方です。
一般の学生はもちろん、教員を目指す学生に疑問文を教える上でも役に立っています。コミュニカティヴな学習においては疑問文を多用します。ところが学生はけっこう疑問文が作れないので根本的な考え方をしっかり身につけてもらう上で便利です。
-
はじめて辞書の仕事について教えてください。
-
大学院時代に、ある先生が新しい英和辞典の編纂に関わるというので、院生たちは用例を作るのを手伝うことになりました。ただ、出された指示が「面白い用例を書きなさい」だけ。面白くない用例というのは、There is a book on the desk. というようなもの。面白い用例とは何だろうかと考えて、honesty、loveというような内容語については、引用句辞典などから用例を引っ張ってきて、加工したりしました。その結果、面白い用例が収集できたと思いますが、この方法には限界があって、内容語ではないものには通用しないわけです。このプロジェクトは結局立ち消えてしまったのですが、用例についてはじめて真剣に考えたという点においてよい経験になりました。
その後、コーパスを利用した「革命的辞書」としてコウビルドが出版された頃、赤野一郎先生(京都外国語大学名誉教授)の存在を知りました。赤野先生にアポイントメントを取って研究室を訪ね、コーパスについて色々と教えてもらいました。辞書の用例という目的に限らず、これぞまさしく私が求めていたものだと思い、コーパスに興味を持つことになりました。赤野先生には、後に英語コーパス学会でもお世話になりました。
-
そうしますと、正式には『ジーニアス英和大辞典』(2001)が最初の辞書のお仕事(校正協力者)と位置付けられますか。
-
『ジーニアス英和大辞典』は、とにかく項目数が多いので、猫の手も借りたいということで校正のお手伝いをしました。辞書のお仕事の話は色々いただいてはいたのですが、当時は出版社に偏りなく第三者的に英語辞書を紹介・評価することを第一に考えていましたので、編集委員はお断りをすることもありました。
-
-
02.-
英語教育と辞書の活用
-
先生は学生に「発信力をつける」ということを中心において、ご研究も教育も展開されていらしたと思うのですが、最初から辞書の活用も教育に組み込んでいたのですか。
-
最初は昔ながらの考え方で、発信力をつけるなら、やはり文法だろうと考えていました。マイケル・スワンのPractical English Usage を参考に、英作文の添削をしながら、学生が間違えるポイントを数行程度にまとめた教材を作っていました。可算・不可算から始まって、そうしたポイントを網羅しようとしていたのですが、文法だけではダメだと気がつきました。文法分析は抽象的で、かなりの解析能力が必要です。まず品詞が抽象的ですが、主語や目的語という概念はさらに抽象度が上がる。そうするとわからないものがさらにわからなくなる。
そこで、語彙文法的な考え方を導入することにしました。「目的語」ではなく、動詞の後に「名詞が来るか来ないか」というような説明の仕方に切り替えました。コウビルド辞書も[v n]といった表記をしていますよね。自動詞、他動詞というような用語を使わずに型を示す、reach A で「Aに着く」ですが、arriveだとarrive at A、getだとget to Aで「Aに着く」などと理解してもらう方法をシオン短期大学で教えながら考えました。
また、辞書を活用する前の第1段階として「発信を念頭においた」インプットを指導しています。中学・高校の教科書でもよく見るようになったリテリング(再話:読んだ[聞いた]内容を誰かに伝えるつもりで話す)を行うにも、コロケーションを意識してインプットを行わないとうまくいかない。This is very important to him. という文に接した時に、be important to A というコロケーションを観察できるかどうかが重要なのですが、教師の卵である学生でも見逃す人がいます。先ほどの例になりますが、use a dictionaryは読んだ時にはすんなり理解できるけれども、表現しようとすると出てこない。語彙的・文法的コロケーションに気づく、日本語のコロケーションとの違いに気づく、その力をつけることが大事です。
コロケーションは大分前から注目されていて、『ジーニアス英和辞典』は第5版から「コロケーション欄」ができましたし、『フェイバリット』やその他の辞書でも「コロケーション」という語が使われています。それでも「コロケーション」という言葉を聞いたことがない、という大学1、2年生が多い。つまり、発信活動が学習指導要領で重視されているにも関わらず、一部の学校を除いてあまり実践されていないのではないかと推測します。口頭での活動は多少あるようですが、ライティングになるとさらに少ないようです。教科書は、まとまった英文を書くようなタスクが入っていないと検定に通らないのですが、現場ではあまり練習がなされていないと感じています。ということで、授業では、まず、コロケーションとは何か、なぜ重要なのかを説明しています。
-
先生はご自身が大の辞書好きであることもあると思いますが、「発信力の強化」ということを英語教育の中心に位置付けながらも「辞書」を活用するというのは珍しいのではないかと思います。辞書不要論もありますよね。
-
英語の授業においては、辞書を「引かない」指導もあります。多読に際しては辞書を引かない、発信活動をするときには辞書を引かない、といった場合です。ただ、日本語を母語とする学習者がどこで躓いているかを理解し、それを取り除く場合には、辞書の助けを借りることが重要かと思います。たとえば、和英辞典を使わなくても、英和辞典で information を引けば「情報を出す・もらう・公開する・漏らす」といった表現が得られることが多く、語の意味を知るだけではなく、発信にも有用であることをもっと活かしてほしいと思います。
-
先生は和英辞典を作りたいとお考えになったことはなかったのですか。
-
やさしい表現に特化した和英辞典を作ってみたいと考えたことはありましたが、一人ではなかなかできないですよね。一つ考えていたのは、数冊の基本となるやさしめの本、graded readers のような簡単な英語で書かれている本と、その日本語訳でパラレルコーパスを作り、英語の表現と日本語の表現の対応をみて、日本語をやさしい英語で発信できるような和英辞典を考えていたことはあります。1つの日本語表現に対して、どのようにデータを持ってくるのかなど、なかなか難しいところがありました。
-
磐崎先生といえば、英和に限らず英語辞書の活用本で知られていると思いますが、元になっている Asahi Weekly(朝日新聞社)の連載「辞書GAKU事始」はどのようにスタートしたのでしょうか。
-
ずっと後になってご本人からではなく、編集部の方から聞いたのですが、故・小島義郎先生(早稲田大学名誉教授)が私のことを推薦してくださったそうです。1996年から1年間、バーミンガム大学で研究員をした後、大修館の『月刊言語』から「チャレンジコーナー」の話がありました。担当者が問題を出して、読者がそれに答えるというコーナーで辞書を取り上げてみてほしいとのことで、お受けしました。それと前後して、辞書の活用本も出版していました。そういった背景があって、小島先生に師事したことはなかったのですが、ご推薦いただけたのは光栄に思っています。
-
どのような反響がありましたか。
-
大学に入学してくる学生の中にも「読んでいました!」という人もいましたが、熱心な読者には、ご高齢の方が多かったようですね。教員の方もいらしたけれども、ほとんどは一般の方で、普段何気なく使っている辞書の使い方について認識を新たにすることができた、辞書を通して、英語の学び方が参考になった、とご意見をいただきました。
-
先生は「わかりやすく伝える」というのが本当にお得意ですよね。
-
シオン短大の時に、英語科とはいえ、学生は英語がとてもできるわけではないので、わかりやすく伝えるためにはどうすればいいのか、練習させてもらいました。関西の人間である、ということもありまして、できるだけ面白く書きたい。私が着任した時に、1週間程度の海外研修が始まったのですが、その研修旅行記もとにかくできるだけ面白おかしく書く。教職員にも好評でした。
実は、『週刊ゴング』というプロレス専門雑誌に「さすらいのエッセイスト」というコーナーがあるのですが、そこに密かに投稿したりもしていました(笑)。書くにしても、人を楽しませたい、という気持ちが根底にあって、それは、最終講義でも話しましたが、中学校で男子だけのクラスになった時に、毎日女の子の話といかに相手を笑かすか、ということだけを考えて過ごす中で鍛えられました。
シットコム(TVホームコメディー)も参考になりました。当時、マイケル・J・フォックスが主演を務めていた Family Ties (1982-1989)をはじめ、Cosby Show や Different Strokes をよく見ていましたが、ジョークの練習にもリスニングの練習、そして口語表現の練習にもなりました。30分番組なので、1話が正味20分程度、テープに録音して出勤時などに聞いていました。1話を2、30回は聞きましたから、だいたい台詞は覚えて、シャドーイングならすぐにできます。なお、私が使う英語のジョークの9割はこうした番組から来ています(笑)。たとえば、部屋に入っていった際に、誰かが “Oh, we were just talking about you!”(噂をすれば影)と言った場合には、すかさず “What a coincidence! I was just thinking about myself!” (Family Ties エピソードより) といった具合です。
-
-
03.-
『フェイバリット英和辞典』第4版の編纂について
-
先生は、『フェイバリット英和辞典』第4版(2023)の前に、『ニューホライズン英和辞典』第9版(2020)の編集もされていますね。
-
基本的に『フェイバリット英和辞典』のメンバーが中学校向けの『ニューホライズン英和辞典』の編集も兼ねています。ほぼ同時並行でした。改訂作業を始めたのは『フェイバリット』が先だったのですが、こちらの方が小さいので先行して出版されました。『ニューホライズン』も大幅にわかりやすく改訂しました。自動詞・他動詞の馬車のアイコンは『フェイバリット』の目玉にするということで採用はしませんでしたが。
-
『フェイバリット英和辞典』が16年ぶりの大改訂に至ったのにはどのような経緯があったのでしょうか。
-
もう改訂されないのではないかと思っていたのですが、東京書籍が決断をした、ということですよね。これだけ『ジーニアス英和辞典』や『ウィズダム英和辞典』が強く、電子化も進む中、英和辞典といえどもニッチな領域になってきている。ただ、上級ではなく、中あるいは初級向け高校辞書であれば、受け入れられるのではないか。ベストセラーにはならなくても、需要はあるのではないか。東京書籍だからできた判断と言えるでしょうね。
旧メンバーと私のような新メンバーに話があり、賛同して始めた、という感じです。私が知的活動ができる期間も、今後そう長くはないと考え、英語ができない人たちにもわかってもらえるような辞書を目指すプロジェクトに加わることとしました。
-
磐崎先生は、パンフレットにあるように、わかりやすい用例の実現において中心的な役割を果たされたと考えていいでしょうか。
-
私個人ではなく、編集者全員の総和に基づいています。まず、従来は行っていなかった用例用の語彙を限定しました。そして、前版が古いので用例の内容を全面的に改訂しました。スマホではなくポケベルの用例(笑)が入っていたりもしたので時事的にも内容をアップデートしました。さらに、学習指導要領とも関係していますが、生徒にとって身近な内容にする。コロケーションの情報をフレーズの形でも多く入れる、ということもしました。
それから動詞型の表示にSVOなどの文法ラベルや「〜」「…」をできるだけ使わず、ABC方式を採用しました。上級辞書の『ウィズダム英和辞典』や、『ベーシックジーニアス英和辞典』も採用していますが、たとえばput A on Bでは「①A(金額など)をB(価格など)に上乗せする、つけ足す」「②A(圧力・負担・規制など)をBにかける、課す」などとしています。
また、編集部が、私が「辞書GAKU事始」に書いた「高頻度語バイアス」・「高頻度語義バイアス」という考え方に注目をしてくれました。こういった考え方は面白いので、辞書の中で活かしていきたい、と編集発足当時に言われました。「高頻度語バイアス」とは、なじみのない単語をよく知っている単語に置き換えて解釈する傾向のことを指します。たとえば、This is a J-shaped fruit with a yellow skin and white flesh inside. のfleshをfreshに置き換えて「中は白くて新鮮」と解釈をする学生が多い。そうであれば、それぞれの項目のところで注意喚起をする必要があるだろう、と考えられます。「高頻度語義バイアス」は、頻度の高い語義で文の意味解釈をする傾向のことです。たとえば、We should husband our small savings. を「少ない預金はたぶん夫のだ。」とか、I’m dead sure he’s lying. を「私は死に、彼は横たわっている。」とか、大学生でも平気で訳してきます。そうであるならば、何かしらの注意喚起が必要でしょう、と。
-
教科書会社ならではの辞書なのかな、と思いましたが、いかがでしょうか。
-
編集部の方々は、教科書にも色々と関わっています。辞書の編集が終わったらすぐ教科書に戻ったりされていました。その意味においては、ユーザーのことが念頭にあったと思います。たとえば、英語の教科書はカラー化されていますが、辞書ではまだまだでした。上級辞書ならまだしも、中・初級辞書ならば、これは必要だろうということで、コストはかかりますが、出版社も英断をしてくれました。それだけではなく、誰にも見やすく読みやすいようにと、カラーユニバーサルデザイン認証も取ってくれました。
-
-
04.-
辞書執筆者・編者に必要な資質
-
辞書執筆者・編者に必要な資質とはどのようなものでしょうか。
-
辞書執筆者に限らず、英語教員とも共通になるかと思いますが、一点目は、コロケーションを観察できる力。これまで複数の大学で教師の卵の指導をし、FDの一環でCLILを推進する立場にもありました。教師志望の学生と異なり、専門の先生は、論文を英語で書いて、学会発表を英語でしているわけですが、それでも一般学生に英語でうまく教えられるわけではない。コロケーションに対する意識などもないわけで、やはりトレーニングが必要なわけです。辞書編纂に携わるような人は、コーパスを扱う時に限らず、普段のリスニングやリーディングの時にコロケーションに気づいてメモが取れるかどうか、ということですね。
同様に、辞書を作る人には、語彙だけでなく文法の分析能力が必要ですよね。たとえば、I’m against you getting married [your getting married].(あなたの結婚に反対だ)のように動名詞の意味上の主語は目的格、所有格のいずれのも場合もあるということに、インプットを通して気づき、それを辞書の記述や用例に活かせることが必要でしょう。ただし、その際に、コーパス言語学プロパーと異なり、教育を前提とした辞書の場合は、一般化、簡易化が必要だと思います。動名詞の主語の表し方は、目的格も所有格も両方あるけれども、語彙項目によってはより頻度の高い方がある場合もある。ただ、過度に使い分けを示すのではなく、できるだけ例外を辞書に多く入れないようにまとめることが必要かと思います。状態動詞と動作動詞についても同様で、I want a new house. という時には want は進行形にはしないわけですが、上級辞書だと例外的に現在完了進行形になる場合について事細かに説明がある。これは、英語教師や分析が好きな人には面白く、上級の辞書や語法辞典であればそれでいいのですが、一般の学習者にはほとんど関係がないことです。初・中級学習者には「want は進行形にはしない」と割り切る必要があるかと思います。『フェイバリット』では「通例進行形にはできない」と書いています。このように、辞書使用者の発信能力の程度によって、過度に例外を載せるよりも大原則を示すことが重要でしょう。
次に、「ループ思考」ができること。たとえば、英和辞典に収録するコロケーションも、母語干渉が起きやすいものを載せることが大切かと思います。英和辞典によっては「辞書を引く」にあたるコロケーションとして consult a dictionary しか載せていないものがありますが、use a dictionary をぜひとも載せてほしい。辞書によっては「use a dictionary 辞書を使う、consult a dictionary 辞書を引く」と分けているものがあるのですが、これは不要な区分で、「use [consult] a dictionary 辞書を引く」でいいですよね。use のようにやさしい語であってもよく使い、母語干渉が起きやすいものは積極的に収録してほしいです。
そして最後に、わかりやすく伝えることができる力、です。
-
-
05.-
英和辞典の今後
-
現在、紙の辞書を改訂、出版することが非常に厳しくなっていますが、今後についてはどのようにご覧になっていますか。
-
茨城県のすべての公立高校はタブレット導入に合わせて辞書パック(英和・和英・英英が入っている)を入れています。そこで辞書アプリしか知らないで終わると紙の辞書の発行部数はどんどん減っていくでしょうね。タブレット上での視認性は向上していると思いますが、それでもまだ視認性の点においては紙が良いところがありますし、それによって、語義、発音、品詞、コロケーション、関連イディオムといったネットワークが身につきやすいと思います。そういったことに気がついた人が紙の辞書も使い続けるのではないかと思います。紙の本がなくならないのと同様、紙の辞書もなくならないだろうと思います。ただ、間違いなく縮小はするでしょう。
なお、高校等でデジタル版の辞書を一括購入しているならば、その指導をぜひ実践してほしいですね。まずは、発音記号が苦手でも音声を聞くことができることからはじまって、検索指導(用例検索、成句検索など)をしっかりと行う必要があると思います。用例検索の場合は、できればちょっと時間を取って何番目の語義に該当しているのかは確認してほしいところです。せっかく辞書を引いても、Google検索同様、検索して出てきたところだけをピンポイントで見るだけでは、語彙のネットワークが身につかないでしょう。ある単語に関する発音、品詞、語義、コロケーション等を広くみてもらいたい、と願うところです。
-
06.-
インタビューを終えて